スピカのなんとか生きる日記

30代、男、ゲイ、毒親育ち、現在無職のなんとか生きる日記

結局相性

学校生活、結局評価者との相性なのね(遠い目)

小学校4年生
この頃には、そこそこ自分で支度して、一人で学校に通っていた。
初めて男の先生が担任になる。しかも新任。
その先生は、お気に入りの生徒には優しするが、私は優遇されていなかった(と私は感じていた)。
大人の贔屓を子どもは敏感に感じ取る。まぁ私が扱いにくかったのだろう。


だから、私はクラスメイトと先生の悪口を言ってしまっていた。悪手だ。

それが先生にバレ、怒鳴られ、教室で胸ぐらを掴まれ宙に浮いた(殴られてはいない)。

そこで教師に楯突くのは良くないと学んだ。
おそらく、相手からすると私は『男の子男の子』したノリではなく扱いにくかった。
私からすると身近に成人男性がおらず、男のノリがよく分からず、ウマが合わなかったのが原因だと推察。

実際、女の先生は私に優しくしてくれる先生ばかりだった(年配の先生が多く、家庭環境も配慮して接してくれていたと思う)。

複雑な家庭環境から現実を知った気になっていた私は、色々醒めた目で見ていた。
その失敗から、『教師も所詮人間、好き嫌いでエコひいきをする。それに、女は男に、男は女に甘くなるんだな』と悟った(私が悪いのだが)。

悟ったりと思っていたが、私のワガママさや、人の好き嫌いの多さはまだこの時は治っておらず、上手く善い生徒をすることはできないままであった。
頭では分かっても、気持ち的に受け付けず行動に移せないのだ。

小学校5年生
周りの子が塾に通い始めた。中学受験を見据えた、田舎の中では比較的いいところの子。

放課後運動や部活をするわけでもなく、友達も少なく、自分のご飯を買いに行った後にテレビを見る位しかない私は、塾に行きたいとせがんでみた。

生活保護でも通える格安月謝の塾だ(その塾はどう経営していたのだろうかと言うほど、月謝は安かった)。

塾の先生は、男性だったが淡々していてとフラットだった。
勉強を教えることに集中していた。彼の話はよく頭に入ってきた。

その頃までは、中の中くらいの成績だったが、塾に行き始めて、上の下程度には改善された。
この頃の学校の担任は、女性のベテランで色々うまくやれた(というか先生が優しくしてくれた)。

 

デリカシーと疎外感

小学校6年生
あまりこの時期のことは記憶にない。
担任がやや乱暴な性格の男で、やはり女の先生よりも関係構築が難しかった。

『男だが女っぽい生徒』や『家が貧しい生徒』にとって、ざっくりとした男は、デリカシーに欠ける。
そういう先生にとって、ステレオタイプにハマらない、少し気を遣わなければならない家庭環境のガキはやりづらい様に見えた。


デリカシーがないと感じたことと言えば、家に固定電話で携帯電話もなく、緊急連絡先を作れないと相談したとき、大きな声で他のクラスメイトに聞こえるように『電話がないなら、早く伝えてくれ。緊急連絡先にもそう書く』と言われたこと。

金を用意せず、卒業アルバムの購入ができなかったときは、『買わないのはどう言うことこだ、おかしい。買わないなら早く言え』と皆の前で言われたこと(購入する/しないの希望を出した覚えがないが)。

教師も業務で忙しいんだと思う。
ただ、個々の家庭の事情があることを踏まえられず、デリカシーのないタイプは、生活全般に関わる小学校教育には向かないな、と思った。

問題児や不良と呼ばれる子が多く、大人の力を誇示する必要があるクラス以外では、小学生には女の教師の方が向いてるとつくづく思った。
そこそこ経験のある女の先生がよく気が付く、気遣いは優しさだ。

修学旅行、気鬱なイベント
笑って話せるクラスメイトはそこそこいるが、ずっと仲が良いと言い合えるわけではない。それにどちらかというと、女子との方が仲が良かった。

男女で分かれる修学旅行のチーム分けは、自分の嫌われ度(不人気さ)が、可視化される

同じ班になりたい、と思える人も/思ってくれる人もいない。

最後一人アブれて、優しい人たちに拾ってもらう

なんともない顔をして、『グループに入れてくれて、ありがとう』と言うが、声に出せないくらいの屈辱、恥の感情が渦巻く。


旅行中のことは覚えていない。グループの邪魔にならないようにしたし、自由行動のときは、一人で行動した。


一人でいること自体は苦痛ではなかったただ、ある集団の中で、『あの人ひとりでいる』と見られることが嫌で仕方がなかった

ただ、人に合わせることも、自分が無理をする術も知らなかったので、誰に見られてる訳でもないのに、辛くないフリをした。

その頃になると、俗に言われる『おかま』であることは、自分でも分かっていた。クラスメイトから言われることもあった。
自分の生まれの秘密をすんなり聞き流したように、自分の性的嗜好もすんなり受け流した別に自分でどうしようもないことだった

セクシャリティに悩んだこともなかったが、そのままの自分を通すと、孤立して恥ずかしい思いをした。疎外感。

もちろんゲイで女の子と仲が良くても、男女問わず上手くやれる人もいるだろうし、一概にその部分が原因で友達ができなかった訳ではない。それは性的嗜好のせいにしすぎだ。

それに、家庭環境が悪いことが人間関係を構築できない唯一無二の理由でもないと思う。複合しているし、遺伝、環境、それに個人の特性もある。

ただ現実として、そのままの自分では、同年代の子たちから受け入れてもらうことは難しかった。

今になって振り返ってみると、この頃の私は、人の顔色は見るものの、選ぶ言葉や態度が幼く、時としてきつく自分勝手だった。
それは嫌われるよ、、、今も根本的なところは変わっていないけど。

経験を重ねたことで幾分マイルドになったり、逆に自分を出せなくなったりしている部分もある。これが成長なのかもしれない。

自分を出さずにマイルドに誤魔化すのに慣れてきた頃、『ワレガワレガ』タイプが世の中で優秀とされることが多いと知り、絶望。

人とうまくやる方法を今もなお探し続けている。(続く)